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KOKO DOKO 52

史跡・御土居をめぐる小さな旅

昔、豊臣秀吉が築いた御土居も、いまでは僅かに点々と名残をとどめるのみ。
歴史ファンなら、京都のまちをぐるっと取り囲んだという土塁跡を訪ねてみよう。
文・写真 = 内藤靖正
PENTAX K-5IIs smcPENTAX DA17-70mmF4 AL [IF] SDM(33mm域) 絞り優先AE 分割測光(F11 1/60秒)ISO100 WBオート カスタムイメージ風景 TIFF
1石仏群を祭る平野鳥居前町の史跡・御土居は、昔の形状がよく残っているという。
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2御土居から出土した阿弥陀石仏など、ふくよかな顔立ちの石仏を祭る小さな祠。
 
3子どものころ遊び場だった紙屋川東岸の御土居も、のちに開発されて寂しい姿に。
 
4うっそうと樹木が覆う西大路御池の史跡・御土居。赤い鳥居が頂上に続いて神秘的。
       
       
5おしゃれな空間が心地よいGLOBE MOUNTAIN COFFEEで疲れた足を休めたい。
       

御土居(おどい)とは、豊臣秀吉が荒廃した都市の整備と外敵の来襲に備え、鴨川の氾濫からまちを守る堤防として多くの経費、労力を費やして天正19年(1591)に完成させた土塁(土居)で、その規模は北が鷹峰、東は鴨川、西は紙屋川、南は九条辺りまでを囲み、その延長は23キロほどに及んだという。また、御土居の内側を洛中、外側を洛外と呼び、要所に出入り口を設けたのが「京の七口」である。

やがて平穏な時代が訪れると、この御土居も次々に取り壊されて、いまではわずかに名残をとどめるほどになってしまった。昭和5年(1930)には形状がよく残っている8箇所(のちに1箇所が追加に)が、重要な遺跡として国の史跡に指定されている。

御土居にもさまざまな表情がある。桜で知られる平野神社の東寄りの史跡・御土居は、すそに石仏を祭って明るい雰囲気。一方、西大路御池の北東にはうっそうとした樹木に覆われ、赤い鳥居の市五郎大明神と末社を祭る御土居の一部が残っており、対照的で面白い。

御土居めぐりの足を休めたい西大路通のGLOBE MOUNTAIN COFFEEは、無農薬とフェアトレードの生豆にこだわり、自家焙煎のコーヒーを丁寧にいれてくれる評判の店。黒糖チーズケーキなどの自家製ケーキと飲み物のセットも人気だ。また、カフェ丼などのランチセットやパスタセットなどの夜ごはんと、ここは朝、昼、晩、使い分けたいまちのオアシスである。

GLOBE MOUNTAIN COFFEE

●午前8時〜午後11時/無休
●エスプレッソコーヒー400円〜、黒糖チーズケーキ600円(ケーキセットは飲み物100円引き)、モーニングセット580円〜、ランチセット680円〜、夜ごはん1,180円など多彩。
075−812−0606
URL:別ウインドウで表示http://www.globe-mountain-coffee.com

※掲載内容は2013年5月時のものです。すでに変更されている場合がありますので、ご利用の際には必ずご確認ください。

 
KOKO DOKO 53

三条大橋西詰、四条大橋東詰

昔、東海道五十三次の終点だった三条大橋。鴨川河原が歌舞伎発祥の地という四条大橋。
多くの観光客らが行き交う繁華なまちをつなぐ歴史ある橋を、再見。
文・写真 = 内藤靖正
PENTAX K-5IIs smcPENTAX DA17-70mmF4 AL [IF] SDM(70mm域) 絞り優先AE 分割測光(F11 1/100秒)ISO100 WB太陽光 カスタムイメージ風景 TIFF
1天正時代に架けられた木造橋の雰囲気を残す三条大橋を、最新のハイブリッドバスが行く。
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2失敗を繰り返しつつ江戸から京都、大阪へ向かう弥次喜多道中。滑稽な物語。
 
3歌舞伎発祥400年を記念して平成15年(2003)、四条大橋畔に建てられた阿国の像。
 
4西は木屋町、河原町。東は祇園、八坂神社。夏は納涼客もそぞろ歩く四条大橋。

嵐山の渡月橋とともに「京都の美しい橋」と称賛されるのが鴨川に架かる三条大橋。現在の橋は昭和25年(1950)に造られているが、豊臣秀吉が天正18年(1590)に改築したという木造橋の面影を残し、当時の擬宝珠(ぎぼし)14個もそのまま使われている。

三条大橋は昔、東海道五十三次の終点だった。橋の西詰には江戸時代後期に十返舎一九が書いた「東海道中膝栗毛」の主人公・弥次郎兵衛と喜多八のユーモラスなしぐさのブロンズ像が建っている。

ひとつ南の四条通に架かる四条大橋は永治2年(1142)に造られ、八坂神社の参詣路にあたるところから祇園橋と呼ばれていたという。現在の橋は明治7年(1874)に京都初の鉄橋に建て替えられ、その後も改修が繰り返されている。

この辺りの四条河原は慶長8年(1603)に出雲の阿国(おくに)が伊達(だて)男ふうの扮装で「かぶきをどり」を披露、歌舞伎を創始した地で、寛文年間(1661〜1673)には本格的な劇場が建ち並んでいたという。東詰の南座の西側に「阿国歌舞伎発祥の地」の碑が建つほか、「かぶきをどり」の出雲の阿国の像が鴨川畔の川端通にそのあでやかな姿をとどめている。

橋の西側の三条から五条にかけて、夏は納涼の客を迎える料理店の川床が設けられるが、東は花街の祇園が、南には同じく花街の宮川町が近く、昼歩いてもなんとなく華やかな雰囲気の四条大橋である。

ないとう・やすまさ
1933年、京都市生まれ。広告代理店勤務の折に趣味ではじめた小冊子が京福電鉄のPR誌になったことなどにより1972年に独立。京福電鉄や東映太秦映画村の広告制作を担当する傍らフリーペーパー「Kyo!」発行。京都ピイアールセンター代表取締役。